« もう一度 | Main | 散る »

故郷

ふるさとを思い出させてくれる光景。どことなく郷愁を含んで、懐かしく、もの悲しく、でも暖かい。戻ってきたんだ、と思わせてくれるような、不思議な感覚。furusato1


普段は自分の心の中に、眠っていて、ふと、気がつくと、呼び覚まされる。そんな景色の一つが、ここにあります。さいたま市の氷川神社の一角ですが、なぜか華やかなところよりもこちらのように、少し寂れたところの方が、私にはなじみます。

いままで見せていただいた中で、見ていただきたいな、と思ったところは多いのですが、特に記憶に残っている写真を。furusato2


shuさんのGallery Miura peninsula  から、小網代の森(4)。こんなところがまだあるんだ、と感動しました。
それから、二郎さん、いまはおやすみされていますが、あまりに美しかったので。ブログヨコハマ から寺家ふるさと村 散歩
最後に、こちらはまだいまが桜の盛りなのでしょうか。tubasa-go さんの一 瞬 から朝光をあびて・・・。こんなところがふるさとだったら、と思ってしまいました。

よろしかったら、クリックしてみてください。人気blogランキング

|

« もう一度 | Main | 散る »

Comments

おはようございます。
今日は雨で寒いです^^;
こちらも若葉の季節になり、若葉の緑と、空の青と、山の青と残雪の白の、コントラストが綺麗です♪

昨日、シクラメンの事を『オタクサ』と言ってしまいましたが、間違いでした~(汗)
紫陽花のことでしたっっ^^;

シクラメンは『ブタノマンジュウ』ともいう、という話を、たぶん中学校の時、国語でやったのを覚えてまして、それとオタクサ(紫陽花)とを混同して覚えてました・・・・。
三宅さん、シーボルト先生、ごめんなさい。

Posted by: 実桜 | May 12, 2005 08:53 AM

この写真 トトロが出てきそうな・・・♪
大きく深呼吸して 「ととろ~~~♪」って言ったら、みんなびっくりするかな!

Posted by: こうめ | May 12, 2005 02:34 PM

心の深い部分にしっかりとあるフルサトの感覚。
とても美しいですね。
そういうものがきちんと残っていると思うだけで
温かい思いがします。

Posted by: クプカ | May 12, 2005 04:14 PM

うんうん、わかります。
私も神社仏閣などに行きますと、苔むした
ちょっと暗い場所にある石仏とか。落ちてる
枯れ葉なんかをついつい撮っています。
頭の中をカラッポに出来て、仕事や家族?
のことも考えずに居れる空間って好きだなぁ。

Posted by: isaotti | May 12, 2005 04:35 PM

実桜さん、こんばんは。
そうでしたか、紫陽花のことでしたか。私もうろ覚えで、名前を付けた、と言うのは覚えていたんですが、確かめても見なかった(^_^;

でも、なんにせよ、ロマンチックな話であることには変わりないですね。
三宅

Posted by: 三宅信光 | May 12, 2005 08:47 PM

こうめさん、こんばんは。
うん、びっくりすると思います(^^)けっこう人多いんですよ、こう見えて(笑)
実はもっとお気に入りの神社があるんですが、ここのところいけてなくて(^_^;

神様、ご無沙汰しておりますm(__)m
三宅

Posted by: 三宅信光 | May 12, 2005 08:48 PM

クプカさん、こんばんは。
そう、そんな原風景を持っていられるようにしたいなって思ってたりします。
出来れば、こうした風景は、このまま残っていって欲しいですね。
三宅

Posted by: 三宅信光 | May 12, 2005 09:00 PM

僕のブログにリンクありがとうございます!
三宅さんのおっしゃる事がすごくよくわかります。
見抜かれた方も何人かおられるのですが
僕の撮る、拙い写真のいくつかは「郷愁」という感覚に呼び覚まされたものです。
(そんなたいそうなものでもないし、撮る時は、特にそれを意識しているわけではないのですが… )
ここだけの話、実は僕は蕪村が好きで、蕪村の句のような絵を写真で表現したいと不遜な事を常々思っていまして、
それで最近、岩波文庫から出ている朔太郎の「与謝蕪村」を今さらながら読んだのですが、
これが実に面白く、たいそう共感できたのです。
副題が「郷愁の詩人」と銘打ってあるのが言い得て妙で
「郷愁」とはなんぞや、それは単に自分の生まれ育った故郷を坦懐する心境とするには狭いのではないか?
と思っていたところだったので、実に腑に落ちる解答を得たように思ったのです。
朔太郎は、蕪村のポエジイの実体(郷愁)を
「時間の遠い彼岸に実在している、彼の魂の故郷に対する“郷愁”であり、
 昔々しきりに思う、子守唄の哀切な思慕であった。」と述べています。
「郷愁」をどこに感じるのか、それが具体性のある区切られた時代や場所であったとするならば
三百年も昔に生きた蕪村の詩に共感できるはずもないのであり
“時間の遠い彼岸に実在している「魂の故郷」”とするところに
時空を超えた「郷愁」という感覚が普遍性を持って共感できる所以なのだと納得する次第なのです。
蕪村の「古寺やほうろく捨てる芹の中」という句について、朔太郎は
「或る荒寥とした、心の隅の寂しさを感じさせる句であるが、

Posted by: shu | May 12, 2005 10:02 PM

 その“寂しさ”は、勿論厭世の寂しさではなく、また芭蕉の寂びしさともちがっている。
 蕪村のポエジイには、やはり彼の句と同じく人間生活の家郷に対する
 無限の思慕と郷愁(侘しさ)が内在している。」と述べています。
酔っ払ってわけのわからないような事を書いてしまいました。(^-^;
朔太郎の「与謝蕪村」を読んで頂けたらご理解頂けると思います。
といってもとっくにご存じであったらごめんなさい。

Posted by: shu | May 12, 2005 10:04 PM

isaotti さん、こんばんは。
自分だけになれる、特別な空間。そうなのかもしれないですね。自分だけしかいない、それでいて多くの人と共有しているような不思議な感覚。
三宅

Posted by: 三宅信光 | May 13, 2005 12:26 AM

shuさん、こんばんは。
shuさんの写真にはいつもメッセージが籠められているように思っていました。その中の一つに郷愁があるのじゃないか、と。

おっしゃることがわかるような気がします。区切られた場所、時間ではなく、遠い悲願にある魂の故郷。どこまで理解しているか、わからないですが。いや、そもそも理解するものでなく、感じるものなのかもしれないな。

朔太郎の「与謝蕪村」読んだことありませんでした。今度手に入れて読んでみようと思います。

shuさんならではの、心の表現、いつも楽しみにしています。またおじゃまいたします。

三宅

Posted by: 三宅信光 | May 13, 2005 12:42 AM

こんばんわ。
私もこの景色、とても和みます。
日頃、子供と一緒にキャーキャーはしゃいでおりますが、
やはり、一息つくと、こういった場所でのんびりしたいな~と思ってしまいます。

Posted by: りお | May 14, 2005 10:46 PM

りおさん、こんにちは。
ほんと、和むんです(^_^;なぜか気持ちが落ち着いて。いつも、じゃないんですけれど、時々行ってぼーっとしたくなるんですよね(^^)

TB、ありがとうございました。
三宅

Posted by: 三宅信光 | May 15, 2005 04:46 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 故郷:

» 石灯篭 [フォト日和]
05/5/4 実家にて・・ 静かに時間が流れて行きます。何も言葉はいりません。ココが一番のお気に入りの場所となりました( ̄-  ̄ )でも、背後からは「土手行こうよー! ママー(*`Д´)ノ」・・・・_| ̄|○... [Read More]

Tracked on May 14, 2005 10:46 PM

« もう一度 | Main | 散る »